業務中や通勤中のケガや病気等は、原因が業務にある限りにおいて、傷病の程度に関係なく全て労災保険の対象になり、労災保険で治療されなければなりません。

しかし、あくまでも建前上の話であって、現実には労災を使わせない会社は多いようです。

問題が根深いのは、会社の規模に関係なく労災隠しが行われている点です。

世間に知られた大企業でも、コンプライアンス(法令遵守)など関係なく、しかも労災隠しは、企業としてされていたり現場で密かに行われていたりと様々です。

労災隠しが行われる理由には多くの背景がありますが、ここでは例として取り上げていますので、説明以外の理由もあると考えてください。

・労災保険が使えると知らないか手続きが面倒で嫌がる
・労働基準監督署からの調査や行政処分を恐れている
・業務の監督者が評価を気にして隠蔽する
・工事の受注に影響するのを恐れている
・メリット制による保険料の増加

勘違いしやすいですが、労災があったことの報告は、労災保険を使うかどうかと無関係で、会社が治療費を全額負担しても労働基準監督署へ報告しなければなりません。

労災隠しをする場合は、間違いなくこの報告をしない目的です。

労災保険が使えると知らないか手続きが面倒で嫌がる

単に労災保険への知識が不足しており、健康保険を使うのが当然と思っている場合です。

大よそ企業の労務担当が、労災保険を知らないとは思えませんが、起業したばかりの個人商店など、労働者への法令に無頓着なケースがあるでしょう。

大抵は、健康保険を使うと違法になると説明すれば、労災保険を使えるはずです。

労災保険の手続きにしても、必要なら雇用者がするべきで、面倒だからなど理由にもなりません。

また、病院代を会社が持つから…などと言ってくる場合は、ほぼ間違いなく労災保険が使えることを知っていて使わせない確信犯です。

労働基準監督署からの調査や行政処分を恐れている

労災保険は、業種によって保険料率が異なるため、危険が多い職種は保険料率が高くなるのが当然で、危険が多ければ労災も起こりやすくなります。

しかし、危険が多い職種であっても、なぜ労災が起きたのか、会社としての改善対策はされているのかなど、労災に疑義があれば労働基準監督署の調査もあり得ます。

そして、労働管理が不適切となれば、指導や処分を受けることは避けられないでしょう。

労災を絶対に起こさないのは不可能で、労災が起きないように努力してもなお起きてしまった労災だけを認めるのは、監督機関として当然のことです。

ここで問題になるのは、労災への対策は十分であっても、雇用や就労条件など、労働基準監督署の調査で明るみになっては困る経営がされている場合です。

そして、大抵は法令違反なので、余計なところを探られたくないからです。

例えば、就労ビザがない外国人を雇っている、残業代を支払っていない、雇っていない筈の従業員がいる、逆に雇っているはずの従業員がいないなどです。

理由は経営上の問題とはいえ、実は雇用の厳しさも影響しており、労働者も不法行為と知りながら働かざるを得ない事情があって、簡単な問題ではありません。

そうなると、雇用側も労働者側も「お互いのため」として労災隠しが行われます。

雇用側の事情だけなら、雇用の継続をちらつかせて労災を使わせない手段も用いられます。

業務の監督者が評価を気にして隠蔽する

工事における現場監督のように、仕事としての完成物だけではなく、トラブルなく仕事が終わることは誰でも目標にしており、会社側はそのような人材を評価します。

責任者というのは、自分の知りえない部下が起こしたミスでも、監督責任を負うのが世の常ですから、労災も同じように誰かが監督責任を問われます。

例えば、パートを多数雇って少数の正社員で営業している場合、正社員にかかる責任は重く、パートの従業員の労災でも、社員としては責任を負います。

労災が無かったことになれば、何も会社に報告しなくて済むので、評価に傷が付きません。

このように、会社が法令遵守していても、現場レベルで隠蔽されるケースすらあります。

そして悪質なケースでは、従業員の無知に付け込み何も言わないか、労災と言われても労働者の弱い立場を利用して交渉します。

ましてや、下請レベルでは元請の監督者に気兼ねして、労災があっても申告せず、元請側も労災を知っていて黙認ということも考えられます。

工事の受注に影響するのを恐れている

土木や建設の業界で多くみられるのが、工事の受注への影響を考えた労災隠しです。

これらの業界では、工事の発注者から受注する元請、元請から受注する下請、下請から受注する孫請、さらに深く階層構造になっている場合があります。

個々の下請業者に雇用される労働者は、当然に下請業者によって雇用保険や健康保険などの社会保障をされますが、労災においては現場を一括して元請の労災保険を利用します。

もちろん、現場で労働しない下請業者の経営者や事務員等は除かれます。

労災は労働者がいる限り起こりうるもので、元請の仕事で労災に遭えば、下請でも元請の労災保険で補償されて不思議ではなく、下請を使うからには元請にも責任は発生します。

しかし、実際には下請の立場が弱いので、今後の良好な関係を踏まえて労災を申請すらしない場合や、元請なら公共工事の受注に影響があると考えて、労災を使わないように直接言わなくても、いわゆる「大人の話し合い」で事実上の労災拒否をするのです。

メリット制による保険料の増加

労災保険には、メリット制と言って労災の多寡に応じて保険料を上下させる仕組みがあります。

この仕組みは、労災以外の保険でも多く用いられており、労災を起こさない会社の保険料を安く、労災を起こした会社の保険料を高くすることで、保険の公平性を図るものです。

メリット制が導入されるのは、基本的に100人以上を常時雇用している会社ですが、一定の条件を満たせば20人以上でも該当します。

従業員が少ない会社でメリット制を導入すると、1人の労災でも保険料に対して給付が多くなりすぎて保険料が上がってしまうことから、ある程度の人数を前提としています。

メリット制では、労災を起こさなければ低い保険料を維持できるため、労災保険料を上げたくない経営側が労災隠しをしたがります。

なお、メリット制は通勤災害には適用されないので、通勤災害なのに労災を認めないなら、何か別な理由があると考えられます。

労災を使う権利は労働者にある

恐らく多くの労働者が、労災を使いたいのに会社に拒否されて諦めてしまいます。

ある程度の立場になると、自分の裁量で経費処理できることから、軽微な治療なら会社負担を理由に労災申請させず、手に負えない金額になれば労災を使わせることもあるでしょう。

しかし、労災保険を使う権利は労働災害に遭った労働者にあり、会社が保険料を支払っているからといって、何一つ遠慮することもありません。

労災保険料を支払っていない会社ですら、労災があれば労働者は労災申請できるのです。

それでも、世の中が綺麗ごとだけで済まされないのは誰でも知っており、雇用が絡んでくると受け入れるしかない現実もあります。

真っ向勝負なら労働基準監督署に訴える手で、穏便に済ませるなら会社負担にするくらいです。

本来、労災使用を理由に解雇するのは、誰がどうみても不当解雇なのですが、不当解雇を訴えて、職場復帰したところで依然と同じように働けるでしょうか?

そこを突くのが不法行為をする会社の常套手段で、可能なら労働者は対抗しなくてはなりません。

なお、自分の健康保険を使うのだけは、違法行為になるのでやめておきましょう。

故意に健康保険を使ったときのメリットは1つもなく、デメリットしかないからです。